トップへ

死刑確定から40年以上――再審請求で「無実」を訴える「名張毒ぶどう酒事件」とは?

2014年05月24日 14:21  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

新たに見つかった証拠にもとづいて、「裁判のやり直し(再審)」を認めるケースがあいついでいる。再審を請求中の事件にも注目が集まっているが、その中でも特に有名なのが「名張毒ぶどう酒事件」だ。


【関連記事:<AKB襲撃事件>ツイッターで流れた容疑者の「デマ写真」 拡散した人の責任は?】



1961年3月、三重県名張市の公民館で、ぶどう酒を飲んだ5人が死亡したという事件。ぶどう酒ビンを公民館に運んだ奥西勝死刑囚が逮捕され、1972年に死刑が確定した。だが、弁護側は冤罪(えんざい)を主張している。



再審を請求しつづけているが、棄却の繰り返し。現在は8回目の再審請求中だ。5回目以降は日弁連が支援活動をおこなっているが、逮捕時に35歳だった奥西死刑囚はすでに88歳になっている。



この事件はどんな内容で、なぜ奥西死刑囚が犯人とされたのだろうか。そして、なぜ再審請求は何度も繰り返しおこなわれているのだろうか。弁護団の稲垣仁史弁護士に聞いた。



●1審判決では「無罪」だった


「『名張毒ぶどう酒事件』は、1961年3月、三重県名張市内のある村落で起きました。その近隣地域の人たちが集まった親睦会で、農薬入りのぶどう酒を飲んだ女性5人が亡くなったという事件です」



奥西死刑囚が「犯人」とされたのは、なぜなのだろうか。



「奥西さんが疑われたのは、このぶどう酒を懇親会場まで運んだことなどがきっかけです。



奥西さんは事件直後から、警察での厳しい追及を受け、ついには『自白』させられて、逮捕・起訴されたのです」



自白したのに、「犯人ではない」と主張しているのは、どういうことなのか?



「無実の人が厳しい取調べに対してウソの自白をしてしまう例は、数多く報告されています。重大な事件であるほど、『ここで自白をしても、きちんと調べられれば、自分が犯人でないことは明らかになるはずだ』という心理が働くようです。取調官から『後で言い分は聞いてやるから』と言われていた奥西さんは起訴直前に自白を撤回し、裁判でも一貫して無実を主張しています。



一審の津地裁は、確実な物証がないことや、関係者の証言が不自然に変遷していることなどから、奥西さんを無罪としました。



しかし、二審の名古屋高裁は逆転死刑判決を出し、この判決が上告棄却により、1972年に確定してしまったのです」



●死刑判決のどこが「間違い」なのか?


弁護側は、「死刑判決は間違いだ」と反論しているわけだが、どんな部分が間違いなのだろうか。



「確定判決(二審の死刑判決)の間違いは、さまざまな点で指摘できますが、有罪認定の根拠とされた証拠について、まず、次のような問題点があげられます。



奥西さんの自白では、農薬を入れるため、ぶどう酒ビンの王冠を歯でかんで開けたとされていました。そこで、『現場に残っていた王冠についていた傷』が奥西さんの歯によって付いたものか否かが争点となりました。



検察官の申請による鑑定では、『実況見分で奥西さんに王冠をかませた傷』が現場の王冠の傷と一致したから、現場の王冠の傷は奥西さんの歯による傷である、とされていました。そして、確定判決はこの鑑定を有罪認定の重要な根拠としていました。



ところが、この鑑定で『傷が一致した』という説明に用いられた、それぞれの王冠の傷の拡大写真は、あたかも傷が一致するかのように、それぞれ異なる倍率のものが並べられたものでした。



第五次再審請求の過程で、弁護側はそれを突きとめ、『傷は一致していない』という新鑑定を提出しました」



死刑判決の根拠の一つが揺らいでいるわけだ。



「また、使用された『農薬』の同一性にも、疑問が生じています。第七次の再審請求で、弁護側は、事件直後に行われたぶどう酒の鑑定結果に基づき、使用された農薬が奥西さんの持っていた農薬とは別の農薬である可能性が高いことを、新たな鑑定で示しました。判決の疑問点は、ほかにもたくさんあります」



●再審をめぐる攻防は「まるでモグラ叩き」


両方ともかなり重要な話に思えるが、裁判所はなぜ再審を認めないのだろうか。



「裁判所は、死刑判決のときとは違う認定をおこなったり、科学的根拠のない机上の可能性を指摘したりして、弁護側の主張を否定しています。また、検察側の主張も、この間ずっと変遷し続けています。



弁護団からすれば、有罪の理屈を叩いても叩いても、新たな理屈で有罪認定されるという、まるで『モグラ叩き』のような状況です。



何度も再審請求がおこなわれ、長い時間がかかってしまっているのは、こういうことが原因です」



弁護側は、そうした現状をどう捉えているのだろうか。



「少なくとも、ここまでの疑念が生じているのですから、捜査機関が集めた事件当時の証拠も含め、改めて調べ直すことが必要でしょう。



ところが検察は、裁判に未提出の証拠の開示をかたくなに拒んでいます。



このような状況で、死刑判決の結論だけが維持されている現状は、極めて不当だと考えています」



稲垣弁護士はこのように指摘し、すぐにでも再審決定を出すべきだと強調していた。


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
稲垣 仁史(いながき・ひとし)弁護士
1999年弁護士登録。愛知県弁護士会所属。冤罪事件の解決は弁護士になった動機の一つでもあり、弁護士になって間もなく名張毒ぶどう酒事件の弁護団に参加。刑事事件、一般民事事件のほか、主に労働事件、環境事件、行政事件等に取り組んでいる。
事務所名:名古屋第一法律事務所
事務所URL:http://www.daiichi-law.gr.jp/