2014年05月24日 10:50 弁護士ドットコム
スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、電子書籍市場が伸びている。しかし、成長期には、混乱やトラブルがつきものだ。東京都内在住のビジネス書作家Kさんも、電子化をめぐるトラブルに巻き込まれたという。
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Kさんは今年3月、ある出版社からビジネス書を発売した。ところが発売当日、某大手書籍販売サイトを確認したKさんは、同書が電子書籍としても発売されていることに気づいた。
Kさんにはこれまでも電子化された著書が多数あるが、すべて紙の本の発売から一定期間を経て、出版社と打ち合わせをしたうえで電子化していた。今回は一切何も知らされないまま、紙と同時に電子書籍が発売されたのだ。
「契約書には『電子化に際しては甲乙協議の上決定する』と書いてあるのに」。Kさんはこのように憤る。担当編集者に連絡を取っても「電子書籍については規定の料率をきちんとお支払いします」とメールが来ただけで、まともに相手にしてもらえないという。
このような出版社の対応は、法的に問題ないのだろうか。デジタルコンテンツの権利関係にくわしい桑野雄一郎弁護士に聞いた。
「紙で出版された書籍を電子化することは広く行われています。読者の側は、紙の書籍も電子書籍も媒体が違うというだけで、それほど意識はしていないかもしれません。しかし、著作権法では、紙の書籍と電子書籍は関係する権利が全く異なります」
紙と電子書籍で、どんな風に違うのだろう。
「紙の書籍でも電子書籍でも、書籍を作成することは『複製権』の対象です。複製権とは、自らの著作物を複製するかしないか決定できるという、作者の権利のことです。
しかし、書籍を販売することは、紙の書籍の場合は『譲渡権』の対象なのに対して、電子書籍の場合は『公衆送信権』の対象となっています」
”譲渡権”とは、書籍を市販するかどうかを決める権利で、”公衆送信権”というのは、電子書籍のデータをタブレットなどに送るかどうかを決める権利のことだろうか。
「簡単に言ってしまえば、そういうことになりますね。そして、この2つは全く違う権利です。
ですから、著作権者との間で、複製権と譲渡権の権利処理をして、『紙の書籍』を出版した場合であっても、公衆送信権の権利処理をしていない限りは、これを『電子書籍』として出版することはできません」
Kさんの契約書には、「電子化に際しては甲乙協議の上決定する」との文言があっただけのようだ。
「Kさんのケースでは、電子書籍の出版についての公衆送信権の権利処理はなされていないと思われます。ですから、出版社が『協議の上決定する』というプロセスを飛ばして、電子書籍として販売したのは、公衆送信権の侵害ということになります。
もちろん、対価についても、著者と協議の上決定しなければならないものです。ですから、『規定の料率を支払う』という編集者側の言い分が正当化されるものではありません」
桑野弁護士はこのように説明する。電子書籍は出版界にとって新しい世界だが、だからと言って、何でもやっていいわけではない。電子書籍への信頼を勝ち取るためにも、作り手には、きちんと法を守ってもらいたいものだ。
(弁護士ドットコム トピックス)
【取材協力弁護士】
桑野 雄一郎(くわの・ゆういちろう)弁護士
骨董通り法律事務所。島根大学法科大学院教授。「外国著作権法令集(46)-ロシア編―」(翻訳)、「出版・マンガビジネスの著作権」(以上CRIC)、「著作権侵害の罪の客観的構成要件」(島大法学第54巻第1・2号)等。
事務所名:骨董通り法律事務所
事務所URL:http://www.kottolaw.com