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【ミリタリーへの招待】パイロット達の「二つ名」

2014年05月23日 16:40  おたくま経済新聞

おたくま経済新聞

【ミリタリーへの招待】パイロット達の「二つ名」

大空を飛ぶ航空自衛隊のパイロットや、軍の航空士達。彼らは本名の他にもうひとつ、隊内で通じる専用の「名前」を持っていて、その名前で互いを呼び合ったりしています。ドラマ『空飛ぶ広報室』で出てきた「スカイ」などですね。今回はこうした「パイロット達の別名」をいくつかご紹介しましょう。


航空自衛隊では、この「もうひとつの名前」を俗に「TAC(タック)ネーム」と呼んでいます。TACはTactical(戦術上の)を略したもの。無線などで互いを呼ぶ際には、これを使いますし、自分のヘルメットや救命具カバーに名前を記す時も、このTACネームを使っています。


【元の記事はこちら】


何故TACネームを用いるかについては様々な考え方がありますが、おおむね以下のような理由があるようです。


名前によっては、無線で発音しづらい・聞き取りづらいものがある為
隊内に同姓・同名の者がいた場合、区別を容易にする為
無線は誰でも聞けるものなので、所属する隊員を特定されないよう本名を隠す為
愛称的に用いることで、隊内の人間関係を円滑にする為


懐かしのドラマ『太陽にほえろ!』や『西部警察』などで、刑事がお互いをあだ名で呼び合う描写がありましたが、それに近いものがあるかもしれません。自衛隊の場合、航空自衛隊だけの文化で、陸上自衛隊や海上自衛隊のパイロットや航空士はTACネームを持っていません。基本的に一人乗りの機体を運用しない為、個人として無線で交信しないせいでしょうか。


このTACネームは、パイロットが初めて実戦部隊に着任した際、飛行隊長など上官によって命名されます。命名の由来は、人によって様々。『空飛ぶ広報室』の「空井=SKY(スカイ)」のように、名前から命名するケースもありますが、いくつかの例をご紹介します。


まずは、学生時代の部活動から命名されるパターン。防衛大時代、ボクシングの神奈川県代表として国体に出場した経験を持つ元テストパイロットの方は「BOXER(ボクサー)」。また、バレー部にいたことから「SETTER(セッター)」というTACネームを持つ方も。


または、出身地などから命名されるものもポピュラー。熊本県出身で、熊本城の「武者返し」から「MUSHA(ムシャ)」と戦闘機パイロットらしい命名をされた方がいます。または宮崎出身で、宮崎県の「西都原(さいとばる)古墳群」から「VARLE(バール)」という方。変わったところでは、おじいさんがお風呂屋さん(銭湯ではない方)であることから、風呂をひっくり返して「ローフィ」と、ひとひねり加えた命名をされた方もいます。


見かけから命名されるパターンも多いですね。メガネをかけている(現在、基準を満たしていれば、メガネやコンタクトを使用していても戦闘機をはじめとするパイロットになることができます)ことから「NOBITA(ノビタ)」と名付けられた方は、確かにのび太っぽい感じの方でした。他に、立ち姿が『スターウォーズ』のC-3POみたいだ、ということで「3PO(サンポ)」と名付けられた方も。この方はちょっと、プロ野球・日本ハムの大谷翔平投手にも雰囲気が似ている感じです。


航空自衛隊の場合、機体は「専用機」を割り当てる訳でなく、パイロットと機体それぞれのローテーションによりその日の搭乗機が割り当てられる仕組みになっているので、機体に記されている名前は、その機体の整備責任者である機付長のものです。しかし、自衛隊の戦闘機部隊対抗戦である戦技競技会(戦競)の場合は、出場する選手(パイロット)と機体が選抜され、特定の機体に乗ることになります。この為、士気を高める為に行われるスペシャルマーキングで、パイロットのTACネームが操縦席近くに記されることがあります。


このTACネーム、ずっと変わらない訳ではなく、配置換えによって部隊を移った際、同名や発音の似た名前を持つパイロットがいた場合、混同しないように変更されます。これを機にその新しい名前を使い続ける場合もありますし、また転勤した際に元の名前に戻す場合もあります。人それぞれですね。


アメリカ軍など、外国の場合はTACネームではなく「コールサイン」と呼ぶことが多いようです。意味するところは同じで、隊内に於ける個人の識別に使われます。自衛隊のTACネームと違い、複数の単語で構成されるものもあり、バラエティに富んでいるのが特徴です。


命名の由来は、やはり様々。アメリカ海兵隊で、名前はけっしてジョンではないのに「LITTLE JOHN」少将というケースもあります。


特に、面白いコールサインが揃っていることで知られるのが、アメリカ海軍。色々ひねりの利いた名前が揃っています。


比較的スタンダードなのが、名前から発想したケース。F/A-18Fを運用する戦闘攻撃飛行隊、VFA-102「ダイヤモンドバックス」の先代隊長は、名前が『スターウォーズ』のキャラであるジャー・ジャー・ビンクスに似ている為「JAR JAR(ジャー・ジャー)」というコールサインでした。ユニークなものでは、名前の一部に「CHU(チュー)」という音が入っているばかりに「CHU-HI(チューハイ)」というコールサインを付けられた大尉も。日本に配属されている時、名付けられたんでしょうね。


見かけから、というのも割とスタンダードなケース。ラッコみたいだ、ということで「SEA OTTER(ラッコ)」という方や、細身(スキニー)のジーンズを好んで穿いていたから「SKINNY JEANS(スキニージーンズ)」という方も。「DANDY」という大尉もいるのですが、確かにダンディな雰囲気を醸し出していました。


新人時代のエピソードが元になっているケースも数多くあります。トップガン卒の女性で「SHOTGUN(ショットガン)」という方がいたのですが、よほど豪快な戦い方をするんでしょうね。また、掃除好きなのか「ROOMBA(ルンバ)」という方も。


食事関係のコールサインで「BUTTERS(バターズ)」や「SOSEJ(ソーセージ)」という方もいます。


意味がよく判らなかったのが「LAMPSHADE(ランプシェード)」という方。由来を訊いてみたら「話せば長くなるよ……」と言われたので、ちょっとしたストーリーが隠されていそうです。「MONEY SHOT」さんは射撃の腕がいいんでしょうか。よく見るとネームパッチのSが「$」になっているのがシャレていました。


今まで見聞きした中で驚いたのが「SMUG B!+(#」というコールサイン。本人に読み方を聞いたら「スマグ・ビ◯チだよ!」と豪快に笑いながら答えてくれました。意訳すれば「自分勝手なクソ野郎」という感じになるんですが、まさか伏せ字になるような言葉までコールサインになるとは思いませんでした。こんな名前になるきっかけは話してくれませんでしたが、よっぽどひどいエピソードがあるんでしょうか……。


厨二的に表現すると「二つ名」という感じのTACネームやコールサイン。航空祭やイベントなどでパイロットと話す機会があったら、聞いてみてはいかがでしょうか。その人の歴史が垣間見えるエピソードが聞けるかもしれません。ただ、話したがらない方もいるので、無理に聞き出すのはやめましょう。


(文・写真:咲村珠樹)