大手企業のスポンサーとしての支援が減った昨今のモータースポーツだが、この世界に久々に戻って来た伝統的な企業がある。それがマルティニだ。現在、酒造大手バカルディ社の傘下に入りバカルディ・マルティニ社になったが、1970年代に始めたモータースポーツへのスポンサー活動の情熱は冷めることなく続き、今年、ポンサー活動を久しぶりに再開した。もちろん、活動再開に際しては丁寧なマーケティング調査を行ったという。マルティニのマーケティング担当ハイジ・コーフ女史に話を聞いた。
「復帰に際しては慎重なマーケティング調査をしました。今回は、新しい世代のアルコール摂取者の動向を調べ、彼らがどういうお酒の飲み方を欲しているか知ることに徹したのです。彼らは15年前と比べてとてもスタイリッシュです。そんな彼らには、マルティニというお酒のブランドが好きで飲む層と、マルティニが支援する人やモノが素晴らしいのでマルティニが格好良く感じて飲みたいと思う層があることが分かりました。今回のウイリアムズへの支援に関しては、後者の理由が後押ししました。ウイリアムズは格好良い。そこに付くマルティニにも同じ格好良さを感じるので飲んでみたい、という層の確認です」
マルティニのように一般消費者がターゲットの嗜好品を扱う企業は、マーケティング調査が割りと簡単だ。それは、一般消費者は大変正直者だからという論理に支えられている。彼らは嗜好品には格好良さを求める。酒とて例外ではない。マルティニは日本の居酒屋でサラリーマンが愚痴を言いながら酌み交わす酒とは異なった種類の飲み物と言えよう。
「マルティニは社会的に洗練されたスタイリッシュなブランドであるという認識を持っています」と、コーフ女史。「それを同じレベルで洗練されたスポーツの世界に持ち込みたかったんです。その点、モータースポーツは非常に強いライフスタイルを持った、アピール出来るスポーツです。中でもF1、またその中でもウイリアムズでした」。
そこに一般の消費者が興味を持つ理由が横たわっている。素晴らしいライフスタイルの世界であるF1の中でも、ウイリアムズは伝統のあるチーム。そこにマルティニは目をつけた。
「我々はモータースポーツに於けるスポンサー活動に長い歴史と経験を持っており、そこで何をやるべきか、やらないべきかを知っているつもりです。ただ、このパートナーシップで本当に重要なのはサーキットから外に出たときの関係です。そこでウイリアムズをスポンサーしているという仕事を確実に活かすことです。そうしてサーキットを出たところでビジネス展開をしなくてはいけません。世界中のバーやクラブやスーパーマーケットにF1のライフスタイルを持ち込み、ビジネスを発展させることです」と、コーフ。
この件に関しては、ウイリアムズの副代表クレア・ウイリアムズも同意する。
「昔と比べてスポンサーの目的は変わりました。昔は露出度が大切で、ブランドの知名度を高めるための土台としてF1を使ったんです。世界的に知名度の高いF1がそれを可能にしました。しかし、今はそれだけではなく、顧客やクライアントの接待の場としてもF1を使います。マーケティングのプラットフォームとしては昔よりかなりステップアップしたと思います」
この変化はスポンサーにとって大きなアドバンテージになっている。マルティニはウイリアムズとのパートナーシップ活動を始めるときに、チームから大幅なフレキシビリティを与えられた。それは、ウイリアムズがマルティニを価値あるブランドとして認めていたからだ。
「自分たちに必要なフレキシビリティを与えられない会社もあるかも知れないけれど、モータースポーツではマルティニは最高のブランド。歴史があり、実績があります。このモータースポーツの象徴のような会社のパートナーになれたのは、ウイリアムズにとってもエキサイティングなことです。しかし、それ以上にウイリアムズにとって大切なのは、チームを助けてくれているプレミア・ブランドの中にマルティニが加わってくれたこと、そして、マルティニが加わってくれたことで他のブランドがウイリアムズに興味を持ってくれることです」
このクレア・ウイリアムズの言葉が全てを物語っている。伝統のあるチームと洗練されたスポンサー。この両者のパートナーシップは単純に2社の関係だけに留まらず、グローバルなPR活動を行おうとしている企業、あるいはスポーツ界でPR 活動を始めようとする企業と、活動資金の支援としてスポンサーを欲しているチームにとって、魅力的な好例と映るはずだ。
世界的な不況から、依然として多くのチームがスポンサーを獲得出来ないでいる。トップチームであるマクラーレンにしても今年は冠スポンサーなしで活動を行っているのが現状だ。その中でウイリアムズはマルティニというプレミア・スポンサーを獲得し、その存在を核に更なるスポンサー企業を獲得しようとしている。
かつてモータースポーツ、特にF1はマルティニのようなプレミア・ブランドの宝庫だった。タバコ・メーカーが名前を連ねた時代があり、電器メーカーが名前を連ねたことがあり、IT企業が名前を連ねたことがある。しかし、その後F1の世界に入ってきたのは金融であったりコンサルタント企業であったり、最後にはベンチャー企業のチーム買収さえ行われた。その結果が現在の不安定なF1の姿だ。需要と供給のバランスがあってこそ正しいビジネスの姿があるのだが、現在のF1は決してそうではない。そんなところに突然現れたマルティニ。その出現に驚きながら、なぜかホッとしているのは旧くからのF1を知っている我々だけだろうか?
(新井昭栄)