パワーユニットのパフォーマンスに注目が集まった本年開幕当初のF1。しかし、第4戦中国GPではタイヤのデグラデーション(劣化)をいかに読むかが、勝敗を分けるポイントとなった。
上海インターナショナル・サーキットは19戦中、もっともフロントタイヤに厳しいコース。どのチームも金曜日のフリー走行2回目のプログラムにはロングランを組み込み、今回持ち込まれたピレリタイヤがレースでどれくらい持つのかを確認していた。
今回、ピレリが中国GPに持ち込んだタイヤはミディアムとソフト。ほとんどのチームがソフトでロングランを行った。その理由をあるチームのエンジニアは次のように説明した。
「ミディアムはほとんどタレないので、90分間のフリー走行で行うには時間が十分ではない。だから、ソフトしかテストできないんです」
そうなると、ミディアムの耐久性は過去のデータと、フリー走行でのソフトタイヤのロングランから相関関係をとって、推測するしかない。ここで、重要になるのがタイヤを知り尽くしたタイヤエンジニアの存在である。フェラーリの浜島裕英(ビークル&タイヤインタラクション・デベロップメント)も、そのひとりだ。
「ソフトは予定どおりでしたが、ミディアムは金曜日にロングランしていなかったので、心配だった。でも、ギリギリもってくれた」と、レース後、安堵の表情で今季初表彰台を喜んでいた。
表彰台を争っていたニコ・ロズベルグ、ダニエル・リカルド、セバスチャン・ベッテル、そしてフェルナンド・アロンソの中で、常に先にピットストップしてタイヤを交換していたのが、アロンソだった。つまり、アロンソは他の3人よりも、最後に履いたミディアムで長く走らなければならなかったのである。浜島エンジニアが「ギリギリだった」と語った理由はそこにある。そして、タイヤがギリギリもった、もうひとつの理由は、表彰台を獲得するために戦うべき相手を決めていたことだった。
1回目のピットストップでベッテルを逆転した後、終始ベッテルの前を走行していたアロンソが、2回目のピットストップ後は追い上げてきたロズベルグに簡単に2番手のポジションを譲った。その理由を浜島エンジニアは、「レースでは最初からリカルドとベッテルのレッドブル勢2台だけしか見ていなかった」と説明した。ここで、ロズベルグとの攻防でタイヤを酷使せず、リカルドの追撃に備えていたことが3位表彰台を確実なものにしたのである。
車体のパフォーマンスでの劣勢を、タイヤ戦略で挽回したフェラーリ。その中心に浜島エンジニアがいたことは言うまでもない。