2014年02月26日 15:31 弁護士ドットコム
夫を海に突き落として溺死させた疑いで、妻と知人の男が2月中旬、神奈川県警に逮捕された。報道によると、多額の住宅ローンなどを抱えた夫が、自ら入った4社計約1億円の生命保険金のため、妻らに殺害を依頼したとみられている。
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そのような見込みのもと、警察は、妻と知人を「嘱託殺人」の容疑で調べているのだという。知人の男は容疑を認め、「金がないから死にたいと殺害を頼まれた」と供述していると、報じられている。
今回問題となっているこの「嘱託殺人」という犯罪は、通常の「殺人」と、どこがどのように違うのだろうか。また、今後、嘱託殺人が増える可能性があるというが、それはなぜなのか。刑事事件にくわしい神尾尊礼弁護士に聞いた。
「嘱託殺人というのは、人から『自分を殺してくれ』と依頼を受け、その依頼者本人を殺すことです。
最近では、次の2つの場合をよく耳にします。
1つ目は、いわゆる『老老介護』の事案。難病で寝たきりの妻が『殺してくれ』と頼み、夫がその頼みを聞いて妻を殺害する場合などです。
2つ目は、『自殺サイト』の事案。自殺志願者が裏サイトに『自分を殺してくれ』と依頼し、その書き込みを見た人が自殺志願者を殺害するような場合です」
このように神尾弁護士は説明する。この嘱託殺人は、普通の殺人と比べて、処罰に違いがあるのだろうか?
「嘱託殺人は、普通の殺人と比べ、法定刑が軽減されています。普通殺人が『死刑または無期若しくは5年以上の懲役』なのに対し、嘱託殺人は『6月以上7年以下の懲役または禁錮』です。
軽減される理由には、さまざまな説があります。一例を挙げると、被害者が自分の命を放棄している以上、その願いを叶える行為が、普通の殺人と比べて同じほど悪いとはいえない、といった説明もあります」
「ところで、嘱託殺人には、普通の殺人と区別が付きにくいケースが存在します」
神尾弁護士はこう指摘する。どんなものだろうか?
「たとえば依頼者が、病気で苦しんでいるなど、正常な判断ができるかどうか不明な状態で『殺してくれ』と依頼した場合ですね。
このような場合は、『依頼が真意に基づいているかどうか』が論点になります。つまり、真意に基づいて依頼していれば嘱託殺人、そうでなければ普通の殺人となりますが、被害者の当時の精神状態を正確に理解するのは難しく、かなり微妙な判断となります。
場合によっては、普通の殺人として起訴されて裁判員裁判となり、嘱託殺人か否かを審理することもあります」
もし、自分がそうした裁判に参加することになったら……。結論を出すのは決して簡単なことではないだろう。神尾弁護士は、実際の裁判を担当した際の苦悩を次のように語っていた。
「さきほど述べたとおり、嘱託殺人の典型例は老老介護です。『介護殺』の事案を実際に担当していると、被告人の方の長年にわたる介護の苦しみに、第三者であるはずの私も押しつぶされそうになります。
罪に問う意味とは何か、被害者と加害者とは何か、そもそも刑事裁判は何のためにやっているのか。そういった根源的な問いかけが、頭をもたげてきます。今後は、さらにこうした事件が増えることも予想されます。
もし、みなさんが裁判員裁判でこうした事案を担当することになったときには、人の死という最後の結果だけでなく、その被告人のこれまでの人生すべてをみていただければと思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」事務所を目指している。
事務所名:彩の街法律事務所
事務所URL:http://www.sainomachi-lo.com/index.html