2014年02月17日 14:20 弁護士ドットコム
児童養護施設を舞台にした連続ドラマ『明日、ママがいない』の内容が「子どもたちを傷つける」として、全国児童養護施設協議会が日本テレビに改善を申し入れた問題。同協議会が1月下旬に日テレに送った抗議書では、ドラマを見た児童施設の女子児童が自傷行為に及んだ事例が紹介されていた。
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抗議書によると、この女子児童は、『明日ママ』の第1話を見た後に情緒不安定になっていたとのことで、第2話の終了後に自らの身体を傷つけ、病院で治療を受けたという。日テレはその後、同協議会に文書で回答。「(そのような)事実が存在するのであるならば」と断ったうえで、「もとより本ドラマの意図するところではありません」「子どもたちにお詫び申し上げます」と謝罪の意を表明した。
自傷行為の詳細は伝えられておらず、ドラマが女子児童に与えた影響など、因果関係がはっきり示されたわけではない。だが、仮にドラマを見た人が精神的に傷ついて自傷行為に至ったとしたら、テレビ局側にも事態を引き起こした法的責任があると言えるのだろうか。藤本尚道弁護士に聞いた。
「ドラマはしょせん『フィクション』、つまりは虚構の世界です。番組の最後に『このドラマはフィクションであり、実在の人物・団体とは何の関係もありません』といったテロップが流れますが、視聴者も『百も承知』のことでしょう」
藤本弁護士はこう語る。たしかに、どのテレビドラマにも「フィクション」であることの断り書きがついている。
「しかし、『フィクションと断っているから何でもOK』というわけではありません。ドラマの脚本や演出において、特定の誰かを想起させる形で誹謗・中傷したり、あるいは不当な社会的差別や偏見などを助長したりするようなことは許されません。場合によっては、民法上の『不法行為』が成立する可能性もあるということです」
そうなると、今回はどうなのか?
「おそらく、ドラマのモデルとなった特定の人物というわけでもない一般の視聴者が、精神的に傷ついて自傷行為に至ることは、ドラマ制作側が必ずしも想定していなかった事態でしょう。
仮にドラマと自傷行為との間に因果関係が認められたとしても、テレビ局に対して、道義的責任・社会的責任を超える『法的責任』を問うことは無理があるように思われます。ドラマの制作そのものが違法性を帯びるとまでは言い切れないからです」
そうなると逆に、『明日ママ』の演出は問題なかったということになるのだろうか?
「そのことを考えるときに、注意しなければいけない点があります。これは『明日ママ』の演出の是非を語る以前の話ですが、私たち視聴者の多くは残念なことに、ドラマの舞台である児童養護施設のことをほとんど知りません。
したがって、このドラマを見て、どこまでが本当で、どこからがウソで、何が誇張やデフォルメにあたるのか、的確に判断する材料を持ち合わせていないのです。
もし、直感的に『それはウソだろう』と感じる部分が多々あっても、それがどれだけ現実や実態とかけ離れたものかはなかなか断言できません」
この述べたうえで、藤本弁護士は「児童養護施設の現実」について、次のように説明する。
「舞台である児童養護施設の役目の一つは、子どもたちを『親の虐待』から守ることです。実際に、児童の入所原因の約3割が『虐待(ネグレクトを含む)』であり、入所児童の約6割に『被虐待経験』があるとの統計もあります。
さらに、『児童養護施設内での虐待』も、年に何度かは報道されています。報道されるのは、もっぱら施設職員が児童に対して体罰や性暴力をふるったというケースですが、児童間の暴力・性暴力も、報じられにくい深刻な問題だと言われています。
そのあたりを考えると、『明日ママ』における凄絶な脚色も、絶対にあり得ない『作り話』だとは言い切れません」
そうなると、このドラマにはそうした「現実」を伝える役割もあったといえるのか……。
「それはどうでしょう。このドラマのものすごく怖いところは、そういった点を極めて安易に描いていることではないでしょうか。
これまで明らかになっている情報からすると、『明日ママ』の制作にあたって、『赤ちゃんポスト』の慈恵病院にきちんとした取材をした形跡はないようです。番組公式サイトに記載されている児童養護施設のデータも少し古く、事前リサーチの甘さがうかがえます。
日テレは『児童養護施設の施設長を経験した専門家に監修を頼んだ』と言いますが、その意見がどこまで反映されているかも疑問です」
誠実に作られた社会派ドラマとは言えない?
「そう思います。『21世紀で一番泣けるドラマ』という宣伝文句からも、これが単なるメロドラマにすぎず、児童養護施設はたまたまその『舞台装置』として選ばれただけ、という印象を受けます。
多少の『行き過ぎ』は話題作りのためという日テレの『炎上商法』も、相次ぐ番組スポンサーの降板で誤算が浮き彫りになりました。5回目の放送を終えて視聴率にもかげりが出てきたようで、お茶の間が正直であることもわかります。
安易な制作意図のもとに作られた薄っぺらいドラマなんぞに傷ついてはいけません。そんな『安物』のドラマは無視して見ないこと。それこそがテレビ局に『責任』を取らせる最良の方法であると思います」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
藤本 尚道(ふじもと・まさみち)弁護士
兵庫県弁護士会所属。神戸大学法学部卒業。弁護士会会務では主に広報畑を歩んできた。現職は、兵庫県弁護士会広報委員会委員長、近畿弁護士会連合会広報委員会副委員長、日弁連「自由と正義」編集委員会委員など。
事務所名:藤本尚道法律事務所