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ドイツで出版が禁じられている『我が闘争』 日本にも「禁書」は存在するか?

2014年01月28日 11:30  弁護士ドットコム

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ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝として有名な『我が闘争』。長年にわたり、ドイツ国内では「禁書」として扱われてきたが、同書の著作権が2015年で切れるのを前にして、今後の行方に注目が集まっている。


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報道によると、ヒトラーの死後、『我が闘争』の著作権はバイエルン州に移った。同州政府は、ナチス犠牲者への配慮や極右組織への影響を懸念して、ドイツ国内での出版を認めてこなかったが、著作権切れに備え、学術的解説を付けて出版する計画をいったん決めた。



ところが、昨年末に一転、「民族憎悪を扇動する恥ずべき書物」「犠牲者らに多大な苦痛を引き起こす」などとして、今後も出版を認めない方針を明らかにした。バイエルン州政府は、もし出版された場合、民衆扇動罪で刑事告発すると表明しているという。



結局、『我が闘争』は、引き続きドイツでは「禁書扱い」ということになりそうだ。一方、日本でも、このように政治的理由によって、国が出版を認めない「禁書」はあるのだろうか。秋山亘弁護士に聞いた。



●戦前の日本には「事前検閲」と「発禁処分」があった


「戦前の日本においては、出版法、新聞紙法に『発禁処分』の定めがあり、『国』(行政府)が事前に出版物を検閲した上で、『国』から見て思想的に危険視されたもの、性描写に関するものなど公の秩序を乱すとされるもの、などの出版物の発売そのものを禁止することができるとされておりました。



しかし、戦後の日本国憲法では、ご存じの通り、憲法21条により表現の自由が保障され、検閲制度そのものが禁止されました」



それでは、日本には「出版できない本」は存在しないのだろうか?



「いいえ、現在の日本国憲法でも、出版物に名誉・プライバシーの侵害や、著作権侵害があれば、裁判所が出版差し止めの判決、あるいは、仮処分命令などで、発売前に出版そのものを禁止する制度があります」



それは、国による「検閲」とは何が違うのだろうか? 本の出版を禁じるという点では同じに思えるが……。



●裁判所が出版の差し止めを認める「要件」とは?


「この裁判所による差し止めは、あくまで裁判に基づき、『裁判所』が権利(名誉・プライバシー権、著作権)の侵害があったと認めた場合に限り、一定の要件のもとに出版等の差し止めをする制度です。



戦前の日本のように『行政府』が、あらゆる出版物を事前に閲覧した上で、思想統制のために出版を禁じる検閲とは異なります」



出版差し止めが認められるための「一定の要件」とは何だろうか?



「本が世に出る前に差し止めてしまうことは、表現の自由への制約が極めて大きいと言えます。



裁判所もその点に配慮しており、判例上も、名誉・プライバシーの侵害があった場合に直ちに出版差し止めが認められるわけではなく、出版差し止めが認められるためには、一定の要件をクリアする必要があるとされています。



たとえば、ある有名な最高裁判決では、(1)名誉・プライバシーの侵害の程度が重大で、(2)出版後の事後的救済(損害賠償など)では被害の回復が著しく困難と言える場合などの要件のもとでのみ、出版差し止めが認められると判断しています(北方ジャーナル事件)」


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
秋山 亘(あきやま・とおる)弁護士
民事事件全般(企業法務、不動産事件、労働問題、各種損害賠償請求事件等)及び刑事事件を中心に業務を行っている。日弁連人権擁護委員会第5部会(精神的自由)委員、日弁連報道と人権に関する調査・研究特別部会員。
事務所名:三羽総合法律事務所