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諫早湾「水門開けるな」と長崎地裁 「開けろ」という高裁判決との矛盾は解決できるか

2013年11月29日 14:20  弁護士ドットコム

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長崎県の諫早湾の干拓事業のために設けられた潮受け堤防、いわゆる「ギロチン堤防」の排水門について、長崎地裁は11月12日、国が行おうとしていた開門を禁じる「仮処分」決定を下した。


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仮処分を申し立てたのは干拓地の農業者や干拓農地を所有する県出資の公社など。長崎地裁は、農業者側の主張を認め、この潮受け堤防の排水門を開けると農業用水を取る調整池に海水が流入するなどして「営農できなくなる可能性が高い」と、「農業被害」の可能性を認定した。



一方、2010年12月、福岡高裁は、諫早湾の漁業者らからの「漁業被害」の訴えを認め、同じ水門について「3年以内に開門し、以後、5年間にわたって開門を継続すること」を命ずる判決を行っている。そして、国は上告を行わなかったため、この福岡高裁判決が確定している。



今回の長崎地裁の「仮処分」と、3年前の福岡高裁の「確定判決」は真っ向から矛盾するものに見える。国はどちらに従うのが法律的に正しいのだろうか。行政訴訟にくわしい湯川二朗弁護士に聞いた。



●国は義務の股裂き、ジレンマ状態に陥る


「高裁の確定判決と、地裁の仮処分決定の、どちらを優先しなければならないかを定めたルールはありません。仮処分決定はまだ『確定』していませんが、もし確定すれば、国はやっかいな自体に陥ります。



国は、諫早湾口付近の漁業者らとの関係では『開門義務』を負う一方、諫早湾内の農業者らとの関係では『開門してはならない義務』を負うことになります。これは、まさに義務の股裂き状態、ジレンマです」



なぜそんな矛盾が生じてしまったのだろうか。確定判決が後からひっくり返るようでは、裁判の意味がわからなくなってしまうのでは?



「どうしてこのようなジレンマが生じたかというと、それぞれの訴訟が『別』の民事訴訟だからです。



一方は、国と開門をしてほしい人たちの間で争われた裁判。もう一方は、国と開門をしてほしくない人たちの間で争われた裁判です。すでに確定した判決の効力が、もう一方の裁判に及ばないのは、それぞれ裁判の当事者が異なるためです。



民事訴訟は、裁判の当事者が提出した証拠に基づいて、当事者たちの間だけで審理するものですから、矛盾する内容の判決が出ることもあり得ます」



●事件そのものが民事訴訟には適さない内容だった


しかし、水門は1つしかない。国としてはそれを、開けるか、閉めるか、どちらかを選ばなければならないだろう。



「この事件の一番難しいところは、堤防を開けてほしい側と、開けてほしくない側の利害関係が複雑に入り組んでいるということです。



こうした事態を引き起こしてしまった原因は、広範な人たちの利害関係が複雑に絡み合った国の事業に関する事件を、民事訴訟手続きで解決しようとしたことにある、といえるのかもしれません。



本件のように様々な関係者の利害が複雑に絡み合う事件を、特定の当事者の攻防にだけ委ねるのは、適切ではありません」



湯川弁護士はこのように指摘する。それでは、今回のような事態は、どのように解決すれば良かったというのだろうか?



「こうした事件は本来、利害関係者だけでなく、専門家も参加する、フォーラム型の審理で解決していく必要があります。たとえば、そのための一つの方法としては、公害紛争処理法の裁定を活用する方策もあったかもしれません。



あるいは、行政事件訴訟法の公法上の法律関係に関する当事者訴訟を活用すれば、その判決には行政庁に対する拘束力がありますので、義務の股裂き状態は避けられたのではないかと思われます。



しかし、いずれの手続も、本件のような複雑な事件を解決するために、最適な制度とは言えません。今後、新たな制度設計を考えていく必要があると思います」


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
湯川 二朗(ゆかわ・じろう)弁護士
京都出身だが、東京の大学を出て、東京で弁護士を開業。その後、福井に移り、さらに京都に戻って地元で弁護士をやっている。なるべくフットワーク軽く、現地に足を運ぶようにしている。

事務所名:湯川法律事務所