2013年11月22日 15:52 弁護士ドットコム
女性1人と男性5人の飲み会で、突然「キスしたい」と言い出した男性が、女性を引き寄せ、頬に2回キス。あろうことか、福岡地裁の男性裁判官が、司法修習生の女性にこんなことをしたとして「戒告処分」を受けた。
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この裁判官は処分を受けて依願退官したというが、当然だろう。一般の会社ですら、新人の歓迎会で、男性上司が女性新人に無理矢理キスすれば、その場でクビになってもおかしくない。
ましてや、他人を裁く立場の人間だ。むしろ、クビにならなかった方が不思議にも思えるが……。何か特別な理由でもあるのだろうか。元裁判官の田沢剛弁護士に聞いた。
田沢弁護士によると、そもそも裁判官は、特別の身分保障が与えられているのだという。
「裁判官は,法律を解釈・適用することによって、紛争を解決するという司法権を行使するものですから、『有形無形の外部の圧力ないし誘惑』に屈して裁判をすることなどあってはなりません。そこで、憲法78条が、裁判官の職権行使の独立を実効的に保障するために、裁判官に特別の身分保障を与えています」
その憲法78条には、次のように定められている。
「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない」
つまり、「弾劾裁判」という特別な裁判によらなければ、罷免、つまり、クビになることはないというわけだ。では今回、裁判官に下された「戒告」とは、どのような処分なのだろうか?
「裁判所法49条は、『裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があったときは、別に法律で定めるところにより裁判によって懲戒される』と定めています。これを受けて、懲戒処分の手続につき、裁判官分限法が定められています。
これによると、懲戒事由のある裁判官が、地方裁判所や家庭裁判所、簡易裁判所に所属する場合は、その裁判所がこれを管轄する高等裁判所に対して、分限事件を申し立てることにより、手続が開始されることになっていますし、また、裁判官が最高裁判所や高等裁判所に所属する場合は、その裁判所が最高裁判所に対して、分限事件を申し立てることにより、手続が開始されることになっています」
このように裁判官の懲戒を判定する「分限裁判」が開かれることになるのだが、懲戒の種類は、「戒告または1万円以下の過料」しかないのだという。
職務上の義務に違反しても、「戒告または1万円以下の過料」ということは、裁判官の懲戒処分は、民間に比べるとだいぶ甘いともいえそうだ。では、例外的に、裁判官がクビになるのは、どんな場合だろうか。田沢弁護士は次のように解説する。
「裁判官が罷免されるのは、『職務上の義務に著しく違反し、または職務を甚だしく怠った』とか、『職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった』場合です(裁判官弾劾法2条)。
このような場合は、誰でも衆参両院議員で構成される訴追委員会に対して、罷免の訴追を求めることができる、とされています(同法15条1項、5条1項)。あるいは、最高裁判所が、このような罷免事由があると判断した場合には、訴追委員会に対して、訴追を求めなければならないとされています(同法15条3項)」
あまりにひどい場合は、訴追され弾劾裁判(憲法64条)によって、罷免されることになるということだが、今回のケースで、そのようなことはあり得るのだろうか。
「裁判所が『戒告』の懲戒処分をした場合、最高裁判所が、それ以上の制裁を求めることはないと思われます」
このように田沢弁護士は推測する。ただ、「懲戒と弾劾は、それぞれ独立の制度」なので、訴追委員会に訴追される可能性が全くなかったとはいえないという。
「裁判所による処分が『戒告』にとどまったとしても、誰かが、『裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった』ものとして、訴追委員会に対し訴追を求めることは、理論上はありえます。そのような場合に、裁判官弾劾法により罷免の裁判がなされることも、可能性としてはありえたといえるでしょう」
裁判官は「職権の行使の独立」が重要なために、手厚い身分保障がされているということだが、その分、自分で自分を律することが求められるだろう。「法の番人」にふさわしい行動を期待したいものだ。
(弁護士ドットコム トピックス)
【取材協力弁護士】
田沢 剛(たざわ・たけし)弁護士
1967年、大阪府四条畷市生まれ。94年に裁判官任官(名古屋地方裁判所)。以降、広島地方・家庭裁判所福山支部、横浜地方裁判所勤務を経て、02年に弁護士登録。相模原で開業後、新横浜へ事務所を移転。得意案件は倒産処理、交通事故(被害者側)などの一般民事。趣味は、テニス、バレーボール。
事務所名:新横浜アーバン・クリエイト法律事務所
事務所URL:http://www.uc-law.jp