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「盗まれたほうも悪い」という盗人の「主張」 裁判所は認めてくれるか?

2013年11月19日 16:50  弁護士ドットコム

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"盗人猛々しい"とは、このことだろう。モネやピカソ、ゴーギャンといった歴史に名を残す画家たちの絵画を盗んで逮捕された男が、「しっかりした警備をしていなかった美術館側にも責任がある」と主張したというのだ。


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報道によると、ルーマニア人のこの男は昨年、仲間とともにオランダの美術館に侵入し、絵画7点(約24億円相当)をわずか3分のうちに盗み出した。男は「あれほどの名画を手薄な警備のもとで展示しているとは思わなかった」と語り、彼の弁護人も美術館側を訴える可能性があるとしている。



保険会社から数億円に及ぶ損害賠償を請求されている男としては、美術館側の過失責任が認められれば、その賠償を分担してもらえると期待しているようだ。



もしこれが日本で起きた事件だった場合、盗んだ側の「盗まれたほうにも責任がある」という主張が認められる可能性はあるのだろうか。阿野寛之弁護士に聞いた。



●美術館にも「落ち度」はあったと言えそうだが・・・


「美術館としては、窃盗のターゲットにされやすい高価な美術品については、窃盗被害を避けるために万全の体制で警備を行っておくべきです。その意味では、美術館に落ち度が認められる可能性はあるでしょうね。



民法には、被害者にも過失がある場合に、加害者の損害賠償責任を減ずる『過失相殺(そうさい)』という制度があります。交通事故ではよく出てくる話ですね」



阿野弁護士はこのように説明する。過失相殺はどんな場合に適用されるのだろうか。



「この『過失相殺』ですが、加害者が故意に(わざと)損害を与えた場合でも、適用されることがあります。たとえば,被害者の挑発に乗り、殴ってケガをさせたような場合は、挑発した被害者にも過失があったとして、被害者の賠償金が過失相殺により減額されることがあります」



美術品を盗まれた際の被害にも、こういった過失相殺の考え方が応用できるのだろうか。



「今回は、盗人が美術館に対して『盗まれた方にも責任がある』と主張している、というケースです。日本の法律だと、この盗人の主張は、美術館にも『警備の落ち度』という過失があるから、『盗まれる方にも責任がある』、すなわち、『過失相殺』により美術館が請求する損害賠償を減額すべきだ、という主張になるでしょう」



●「損害の公平の分担」といえるか?


はたして、こうした主張は認められるのだろうか。



阿野弁護士は「結論から申し上げると、盗人の主張は、まず認められないでしょうね」と話す。それは、どうしてだろうか。



「民法では、不法行為における過失相殺の場合、たとえ被害者側に過失があったとしても、裁判所は、過失相殺をしてもいいし、しなくてもいいと規定されています。



民法の過失相殺は、『損害の公平な分担』という趣旨から認められた制度です。さっきの『挑発して殴られた』というケースも、『挑発があれば必ず過失相殺される』というわけではなく、挑発の内容・程度や加害者の暴行の程度等といったあらゆる事情を考慮して、『被害者にも損害を分担させた方が公平だ』と裁判所が判断すれば、過失相殺されるのです。



今回のケースでは、盗人を挑発しようとして、美術館が警備をゆるくしていたわけではないですよね。こういう場合に過失相殺を認めてしまうと、かえって『損害の公平な分担』にならなくなってしまうでしょう。第一、美術品は盗人が手中に収めてしまっていますしね」



結局のところ、こういった場合の過失相殺を認めるかどうかは裁判所の裁量しだいだが、裁判所が「盗人の言い分」を考慮するとは思えない、ということだろう。美術館側の落ち度があまりにも大きく、たとえば絵画と一緒に「持ってけドロボー」という立て札を立てていたような場合なら、話も変わってくるのかもしれないが……。


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
阿野 寛之(あの・ひろゆき)弁護士
1975年生。1998年京都大学法学部卒。2000年弁護士登録(福岡県弁護士会)。裁判員裁判・否認事件等の困難刑事事件を中心に、企業法務案件、各種損害賠償事件(原告・被告問わず)等もこなす。
https://www.facebook.com/kitakyushu.ohtemachilawoffice
事務所名:弁護士法人大手町法律事務所