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原発事故がきっかけで「行方不明」になった女性 「失踪宣告」が出されたのはなぜか?

2013年10月29日 18:00  弁護士ドットコム

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東北地方を中心に未曾有の被害をもたらした東日本大震災。警察庁によると、今年10月現在で死者は1万5833人。行方不明者の数も2652人にのぼっている。震災から2年半以上たっても、行方がわからない人が2000人以上いるのだ。


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そんな行方不明者の1人に、福島県双葉郡の双葉病院からの避難途中に行方不明になった当時88歳の認知症の女性がいた。報道によると、女性は2011年3月14日の午後に行方がわからなくなり、いまだ発見されていない。



この女性に対してこのほど、福島家庭相馬支部から「失踪宣告」が出された。これを受けて遺族は、女性が原発事故が原因で「死亡した」として、東京電力に対して損害賠償を求める裁判を起こす方針だと伝えられている。



この「失踪宣告」とは、いったいどんな制度で、どんな場合に出されるのだろうか。また、なぜこの時期に「失踪宣告」が出されたのだろうか。石井龍一弁護士に聞いた。



●失踪宣告は「財産などの権利を確定させる仕組み」


「人が亡くなった場合、その人の権利や義務は、相続されたり、終了したりして『確定』します。一方、行方不明の状態では権利関係は確定できません。



失踪宣告という制度は、行方不明の人を法律上『死亡した』として扱い、権利関係を確定させるための仕組みです」



たしかに、財産や婚姻関係などが未確定なままでは、困るケースもあるだろう。それでは、失踪宣告を出してもらうためには、どんな手続きや条件があるのだろうか。



「生死不明の状態が一定期間継続した場合に、近親者などの利害関係人が、家庭裁判所に請求します。家庭裁判所は所定の手続きを経たうえで、『失踪宣告』を行います」



この失踪宣告には「危険失踪」と「普通失踪」の2種類があるという。



「『危難失踪』は東日本大震災のような震災や船舶の沈没、戦争など特殊な状況によって行方がわからなくなった場合、『普通失踪』とはそれ以外の原因による行方不明の場合の制度です。



この2種類で条件が異なり、危難失踪では《原因となる危難の去った時から1年間生死が不明》、普通失踪では《生存が証明できる最後の時から7年間生死が不明》の場合に、失踪宣告が可能となります」



●損害賠償請求権を相続するために「失踪宣告」が必要だった


今回の女性の場合は、原発事故という特殊な状況で行方が分からなくなったので、危険失踪となるわけだ。それでは、失踪宣告が出た場合、不明者が死亡したとみなされるのは、いつの時点なのだろうか。



「危難失踪の場合は危難が去った時点で、普通失踪の場合は失踪期間(上記の7年)満了時点で、死亡したものとして扱われることになります。なお、もし後に生存が判明した場合、失踪宣告は取り消されます」



さて今回は、失踪宣告を受けて遺族が裁判を起こした、と報道されているが、宣告と裁判の間に、どんな関係があったのだろうか?



「東京電力に対する損害賠償請求権は、(それが認められるとしても)行方不明になった女性本人の権利です。遺族が裁判を起こそうと思えば、まずその権利を相続する必要があります。失踪宣告はそのために必要だったと言えます」



なるほど、宣告は裁判は起こすためにも必要だったということだ。遺族にとって宣告の申請が苦渋の決断だったことは、想像に難くないが……。


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
石井 龍一(いしい・りゅういち)弁護士
兵庫県弁護士会所属 甲南大学法学部非常勤講師
事務所名:石井法律事務所