2013年10月22日 12:21 弁護士ドットコム
お笑いコンビ、ダウンタウンの松本人志さんが監督した4作目の映画『R100』が公開され、全国各地で上映されている。
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これまで『大日本人』(2007年)、『さや侍』(2011年)など、既存の映画の枠組みにとらわれない作品を送り出してきた松本さんだが、ぶっ飛んだ作風は今作も健在。妻子持ちの中年サラリーマンがSMクラブに入会したことで平和な日常を脅かされるというストーリーなのだが、鑑賞した人たちから「あまりにも前衛的すぎる」「難解だ」といった感想も出ている。
松本さんはインタビューなどで、題名の『R100』は映画倫理委員会(映倫)のレーティングシステムにひっかけてあって、「100歳以上じゃないと理解できない」という意味だと語っている。実は、この作品自体も「R指定」されているのだが、それは「R15+」(15歳未満は見ることができない)というのだから、ちょっとややこしい。
そんな風に「R指定」が大きなポイントになっている今作だが、そもそも映画のレーティングはどんな仕組みのものなのだろうか。また、法律との関係はどうなっているのだろうか。映画に関する知見が豊富な坂和章平弁護士に聞いた。
「映画の世界でレーティングは、一般に、その映画を観ることができる年齢制限の枠やその規定を意味します。日本では、映画のレーティングは公的な規制ではなく、いわゆる自主規制です。
日本の場合は、映画倫理委員会(映倫)という組織があり、映倫が『映画の区分と審査方針』という基準に基づいて審査し、合格すると『映倫』マークが付与されます」
具体的にはどのようなレーティングがされる?
「『映画の区分と審査方針』によれば、具体的な区分は次のとおりです。
(1)「G」年齢にかかわらず誰でも閲覧できる。
(2)「PG12」12歳未満の年少者の閲覧には、親や保護者の助言・指導が必要
(3)「R15+」15歳以上(15歳未満は閲覧禁止)
(4)「R18+」18歳以上(18歳未満は閲覧禁止)」
また、映画館での上映は不適切として『区分適用外』となるものもあります。具体的にはたとえば、児童ポルノやわいせつな図画など、非合法な素材や描写を含む作品。また、そこまでではなくても、ドラマ性、ストーリー展開などが希薄で、専ら著しく刺激的な性行為や残虐な暴力などの描写に終始する、いわゆる18禁アニメや残虐ビデオ、アダルトビデオなども該当します」
「この『映倫』マークが付かない映画は、一般的な映画館では上映を断られてしまうため、一部のミニシアターなどでしか上映されません。逆にいうと、限られた上映機会でよいのであれば、映倫の審査を受けなくてもかまいません」
レーティングと法律との関係は、どうなっているのだろう?
「性的な描写については、刑法175条に『わいせつ物頒布等』の罪が設けられています。もし上映した映画の性的描写が『わいせつ』だと裁判で判断された場合、この規定に違反することになります。現在の法定刑は2年以下の懲役または250万円以下の罰金もしくは科料です。
一方、暴力等の行為を描写することについては、刑法上の規制は特にありません。しかし近年では、暴力や殺人といった行為の有無・程度も大きな問題とされるようになり、自主規制が重要になっています。
また、映画の表現に対する直接の規制ではありませんが、地方自治体の条例によって、不健全指定を受けた映画を映画館で青少年に閲覧させることが禁止されている場合もあります。この場合は、刑法上の『わいせつ』に限らず、『残虐性を助長する』とか、『自殺もしくは犯罪を誘発する』といった表現が対象になったり、実写映画だけでなくアニメ映画も対象になったりするなど、表現の自由との兼ね合いで難しい問題も抱えています」
映画の性的描写については、裁判で「わいせつ」と判断されるかどうかがポイントだという。では、裁判所は「わいせつ」をどんな風に判断しているのか。
「最高裁判所が昭和32年3月14日の判決で示した、《いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する》ものがわいせつである、という基準があります。これは『わいせつ三要件』といって、さまざまな議論はあるものの、おおむね学説でも受け入れられています。
ただ、具体的に何がわいせつにあたるかどうかの判断は、時代と社会によって変化しうる相対的・流動的なもので、一概には言えません」
映倫の審査に通れば「わいせつではない」ことの証明になる?
「そうとは限りません。映倫の審査を通過した映画『黒い雪』が昭和40年に試写会で公開された際、この映画が『わいせつ』にあたり、上映はわいせつ図画の公然陳列にあたるとして、監督と配給会社の配給部長が起訴された事例があります。
裁判ではまず、東京地裁が昭和42年7月19日付の判決で『黒い雪』は《わいせつ図画にあたらない》として『無罪』判決をだしました。
一方、東京高裁の昭和44年9月17日付判決では、無罪という結論は同じでも、結論を導き出す理由が違っていました。その理由とは、《映倫の審査を通過した以上、被告人らは、この映画が刑法上の『わいせつ図画』にあたるとは予想もせず、法律上許されたものと信じる相当な理由があった》として、《犯意を阻却する》というものでした。これは刑法理論上、意義が大きい事件です』
つまり、東京高裁は「映画がわいせつだとは考えていなかったので、罪を犯す意思がなかった」と判断したわけだが、その根拠として、映倫の審査を通過していたことが大きな意味をもった。「映倫」はこのような形で、裁判でも重要な役割を果たしたのだ。
「ところが、その後も、映倫の審査を通過したにもかかわらず、わいせつ図画公然陳列等の罪で起訴された事例があります(日活ロマンポルノ事件)。この事件では、映画制作の関係者だけでなく、映倫の審査員3名も幇助罪で起訴されたことが特徴です。
この事件も、最終的には東京高裁で『無罪判決』(昭和55年7月18日付)が言い渡され、確定しました。この判決でも、映倫が当時20年以上自主規制機関として映画の倫理水準の維持に真摯な努力を重ね、成果を収めており、その映倫の審査を通ったという事実を『社会通念上わいせつとはいえない』ことの根拠にしており、映倫の意義が強調されています。
しかし、映倫が自主規制機関に過ぎない以上、映倫と司法の判断が食い違う可能性は常にあり、『映倫の審査を通過したからといって、100%安心はできない』と言わざるを得ない状況です。
最近でも、アダルト映像ソフトの自主審査機関である日本ビデオ倫理協会(『ビデ倫』)の審査を通過したアダルトDVDについて、『審査員が本来果たすべき職責を放棄して審査レベルを低下させ、社会に害悪を拡散させた』として審査員まで有罪になった例があります(東京地判平成23年9月6日)。ただし、この判決では、利害関係のあるメーカーの意向に応じてビデ倫が審査基準や運用を大幅に緩和していたことや、映倫とは審査の信頼性が大きく違うことが強調されていました」
坂和弁護士は「映画上映に対する規制は、どこまでが自主規制に委ねられ、どこまでが法規制されるべきなのか。こうした規制がどのような波及的効果をもたらすのか。表現の自由の観点から慎重に考えなければならない問題です」と指摘し、幅広い議論の必要性を訴えていた。
(弁護士ドットコム トピックス)
【取材協力弁護士】
坂和 章平(さかわ・しょうへい)弁護士
大阪弁護士会。弁護士・映画評論家。2002年から最新映画の評論をHPで公開。また毎年2冊の『SHOW─HEYシネマルーム』を出版し、2013年7月現在30巻に。評論した映画の本数は2500本以上。
事務所名:坂和総合法律事務所
事務所URL:http://www.sakawa-lawoffice.gr.jp/