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情報を盗んでも罪にならないってホント!? 刑法に「情報窃盗罪」がないワケ

2013年10月20日 13:41  弁護士ドットコム

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顧客情報や製品設計図、売上計画などといった情報は、企業にとって「命」と言えるほどの存在だ。今やそういった情報のほとんどはコンピュータで扱われ、データとして保存されている。その管理・セキュリティは、まさに命綱と言って良いだろう。


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一方、懸念されるのは、そのような情報が持ち出されたり、盗まれた場合の危険性だ。NPO法人日本ネットワークセキュリティ協会の調査によると、2012年上半期(1月~6月)に起こった情報漏えいのうち、「盗難」や「不正な情報持ち出し」が原因とされるケースは、実に77件に上っている。



しかし意外なことに、日本には「情報の盗難それ自体」を取り締まる法律は存在しないという。にわかには信じられない話ではあるが、なぜそんなことになっているのだろうか。梅村陽一郎弁護士に聞いた。



●「情報窃盗」は刑法では処罰されない


「刑法が定める窃盗罪の対象には、情報は含まれていません」



梅村弁護士は説明する。やはり刑法では、情報それ自体を盗むことを処罰できないようだ。それにはこんな経緯があった。



「情報が記載された紙を盗めば、紙の窃盗罪になります。デジタル化される前の社会では、情報を盗む場合は紙やフイルムなどの物体ごと盗まれていたので、通常の窃盗罪があれば、ある程度抑止効果があったのでしょう」



「窃盗罪」で禁止されているのは「財物」を盗む行為だ。たとえば、企業の新商品の設計図を盗み出すということなら、これで対処できる。だが、紙の上に書かれた情報も、カメラで撮影して持ち出せば、財物を盗んでいるわけではないので「窃盗罪」とはならないのだ。最近は、このような形での情報持ち出しがますます容易になっている。



「現在は、誰でも手軽にスマホで撮影してネット上に送信することができますから、フィルムカメラの時代と比較して、情報が盗まれる危険がますます大きくなっています。たしかに、情報を盗む罪があってもおかしくありませんよね」



それではなぜ、今になっても、規制されていないままなのか。「窃盗罪」に当たらないにしても、刑法に新しい条文を作るという手はあるはずだ。



「情報が法的な保護に値する重要なものであることはまちがいありません。ただ、実際に刑法に含めようとすると『どのような情報』が盗まれた場合が犯罪になるのか、『どのように盗む』場合が犯罪になるのかを決めておく必要があります。



そうでないと、法律の決め方によっては、些細なことが書いてあるメモ帳を盗み見しただけで犯罪が成立してしまうことになります」



たしかに、人のメモをちらっと見ただけで刑事罰の対象になったら、誰でも犯罪者になりかねない。このような背景から、「情報自体を盗む罪も過去には検討されたようですが、対象となる範囲の特定が困難ということで見送られたままになっている」ということだ。



●情報の不正入手を禁止している「特別法」がある


だが、「刑法では犯罪ではありませんが、別の法律では、情報だけを盗んだ場合にも罰則が適用されるものがあります」と梅村弁護士は言う。具体的には、不正競争防止法だ。



「不正競争防止法では、自分の利益を図る目的などで会社に侵入し、ノウハウや顧客名簿などの『営業秘密』をカメラやスマホで撮るなどして取得した場合に罰則が適用されます。ライバル会社に『営業秘密』を売るつもりで、会社の重要な会議を盗聴して『営業秘密』を取得するような場合も、この法律が適用される可能性があります」



このように不正競争防止法には、「産業スパイ」のような行為を罰する規定がある。また、企業や役所のコンピュータネットワークなどをハッキングして、データベースなどから情報を盗み出そうとする行為については、不正アクセス禁止法がある。



「不正アクセス禁止法では、情報そのものを取得しなくても、他人のIDとパスワードを利用して無断でネットワークや、ネットワークに接続されたコンピュータにアクセスした場合に罰則が適用されます。情報そのものにアクセスしなくても、『盗まれる前の入り口』を保護することが法的にも重要だということです」



また、盗まれる情報が文書やコンピュータプログラムの場合には、「著作権法」違反も問題となりそうだが?



「対象が著作物の場合、権利者に無断でコピーすることは本来違法ですし、罰則もあります。しかし、私的使用目的の場合などには無断コピーが許されていますので、情報を保護するという観点では、あまり効果のある法律ではありません」



どうやら、「情報の盗難それ自体」で罪に問われることはないようだ。だが、特別法によって、情報を不正に入手したり、コンピュータに不正侵入することが処罰対象になっている。情報を盗む行為も、法律上、全くの野放しというわけではないのだ。


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
梅村 陽一郎(うめむら・よういちろう)弁護士
弁護士法人リバーシティ法律事務所 代表社員
千葉県弁護士会、千葉商科大学大学院客員教授、千葉大学法科大学院非常勤講師
著書「図解入門ビジネス最新著作権の基本と仕組みがよ~くわかる本」など
事務所名:弁護士法人リバーシティ法律事務所
事務所URL:http://www.rclo.jp/