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「被害者匿名」の起訴状をどこまで認めるべきか? 弁護士に聞いた議論のポイント

2013年09月25日 21:11  弁護士ドットコム

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性犯罪関連の事件を中心に「被害者名を匿名にした起訴状」の是非が話題となっている。起訴状は、「被告人が犯したとされる罪の内容(公訴事実)」などについて、検察官が記し、裁判所に提出される書類だ。その起訴状で、「被害者名」を匿名にする動きが広がっているのだ。


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匿名化の狙いは、性犯罪やストーカー事件などの被害者が、再び被害を受けることを防ぐことにある。一方で、公平な裁判のためには、できるだけ詳しい事実の記載が必要だ。はたして「匿名」で良いのか――。いま法曹関係者の間では、そんな議論が行われている。



報道によると、東京地裁は9月18日、女性が自宅で強制わいせつにあった事件の公判で、被害者名が匿名の起訴状を認めた。起訴状は当初、被害者宅の住所に加え「当時単身居住していた女性(当時19歳)」という形で記載されていたが、裁判所は女性の生年月日を追記させたうえで、内容を認めた。裁判所は、この記載で被害者が特定できると判断したようだ。



一方、9月11日に同じく東京地裁で行われた児童に対する強制わいせつ事件の裁判でも、児童名の代わりに「母親の氏名と続柄」を記載した起訴状が認められたという。



弁護士はこうした動きをどう見ているのだろうか。元裁判官で、刑事事件に詳しい田沢剛弁護士に聞いた。



●被害者が誰かは「重要な情報」



「起訴状には『公訴事実』を記載しなければなりません(刑事訴訟法256条2項)。



『公訴事実』を記載する方法は『できる限り日時、場所および方法をもって罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない』(同条3項)と定められています」



つまりは、起訴状は《できる限り具体的に書け》ということだろう。しかし、具体的に書くためには、誰が被害者なのかをハッキリさせる必要があるように思えるが……。



「被害者や被害物件、その数量なども、罪となるべき事実を特定するために重要な情報です。一般的に、起訴状にはこれらの情報が記載されます」



そもそも、「公訴事実」が具体的でなければならないのは、なぜなのだろうか。



「(1)他の犯罪事実と区別する(裁判所の審理対象を特定する)という役割のほか、(2)被告人による防御の対象を明確にさせるという目的があります」



まず、どんな事件で被告人を裁こうとしているのかが曖昧だと裁判ができない、というのはわかりやすい。それに加えて、被告人にとっても、自分がどんな内容の犯罪で追及されているのかがわからないと、有効な反論ができなくなる……。ひいては裁判が公平・公正でなくなる可能性があるということだろう。



もし、起訴状の記載が「不十分だ」と見なされた場合、裁判ではどんな扱いをされるのだろうか。



「公訴事実の特定が不十分だということになりますと、それは起訴の手続に不備があると見なされます。まず、裁判所から検察に起訴状の内容を補正するよう、命令が出るでしょう。もし起訴状が適切に補正されなければ、最終的には公訴棄却の判決が下されてしまい、検察官としては面目を潰されることになります」



つまり、起訴状の記述が変更されたケースは、こういったやり取りの末、検察が起訴状の内容を補正した――ということだろう。それでは「被害者名の匿名化」そのものについて、田沢弁護士はどう考えるのだろうか。



「性犯罪や最近クローズアップされることの多くなったストーカー事件の場合、起訴状に記載された被害者が、後になって被告人から報復措置として悲惨な被害を受ける可能性があります」



起訴状の匿名化はそのような悲劇を防ぐためということだが、これまでの田沢弁護士の説明を踏まえると、「匿名にすれば解決」という問題でもなさそうだ。



●被害者と被告人の利益バランスをどう取るか――現時点で「正解」はない



「『匿名にしてほしい』という被害者の利益と、『具体的に特定してほしい』という被告人の防御の利益は対立しています。いずれの利益にも配慮されるような工夫が望ましいことに間違いはありませんが、そのバランスをどうやってとるか、現時点ではまだ正解はありません」



それでは、今回明らかになった匿名化の動きは、全国で行われている他の裁判に、直接影響を与えるのだろうか。それとも、まだしばらくはこうしたやり取りが続くのだろうか。



「被害者の情報をどのように起訴状に盛り込めば十分なのか、最高裁判所も日弁連に意見照会をしたり、裁判官協議会を開いたりして、模索が始まったようです」



つまり、現在はそのバランスをめぐって、関係者間で慎重な議論が行われている最中ということだろう。たしかに、バランスがどちら側に偏っても、裁判に深刻な影響が出かねない。この難題はどのように解決されるべきなのだろうか。今後の展開を見守りたい。


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
田沢 剛(たざわ・たけし)弁護士
1967年、大阪府四条畷市生まれ。94年に裁判官任官(名古屋地方裁判所)。以降、広島地方・家庭裁判所福山支部、横浜地方裁判所勤務を経て、02年に弁護士登録。相模原で開業後、新横浜へ事務所を移転。得意案件は倒産処理、交通事故(被害者側)などの一般民事。趣味は、テニス、バレーボール。
事務所名:新横浜アーバン・クリエイト法律事務所
事務所URL:http://www.uc-law.jp