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「私を死刑にしてください」 被告人の要望は「判決」に影響する?

2013年09月18日 19:10  弁護士ドットコム

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中国・北京でこのほど、殺人罪に問われた被告人の男が自ら「死刑にして」と要求し、物議を醸している。


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中国メディア「新京報」によると、被告人は今年7月、駐車スペースをめぐって女性と口論になり、女性の娘(2歳)を地面に叩きつけて殺したとして、殺人罪に問われている。被告人は検察官に対し、泣きながら「子どもに酷いことをしてしまった。私を必ず死刑にしてください」と供述したという。



被告人が「死刑にして」などと発言したケースは、2008年の土浦連続殺傷事件や、04年の奈良小1女児殺害事件、01年の附属池田小事件など、日本でも例がある。このように、被告人が自ら死刑を"求刑"することが、判決に影響を与えることはあるのだろうか。検事として28年の経験をもつ野口敏郎弁護士に聞いた。



●「死刑にしてください」という被告人の言葉は「証拠の一つ」にすぎない



「検察官が論告で『被告人を死刑に処するのを相当と思料する』と述べることを『求刑』といいます。しかし、被告人が法廷で『私を死刑にしてください』と述べるのは被告人供述にすぎず、『求刑』ではありません」



このように野口弁護士は述べたうえで、次のように説明する。



「検察官の求刑は、公益の代表者の科刑意見ですから、裁判所も尊重します。検察官が死刑求刑をすれば、ほとんどの場合、死刑判決が出るという意味で、検察官の死刑求刑は判決に大きな影響があると言えます。



一方、被告人が『私を死刑にして下さい』と述べても、それは被告人供述であって、他の証拠と同じく、情状に関する証拠にすぎません」



●裁判所が被告人の「供述」に拘束されることはない



そして「証拠」は、「被告人に有利にも不利にも使用される」という。



「たとえば、『私を死刑にしてください』と述べたことが、罪を悔い改め、心底改悛の情から出た言葉と評価されれば、被告人に有利な証拠となるでしょう。これに対し、何の反省の態度もうかがわれないのに、投げやり的に『私を死刑にしてください」と述べたところで、何の意味もなく、むしろ被告人に不利な証拠と評価される余地があります」



つまり、「私を死刑にしてください」という言葉だけでは、裁判官にどう評価されるかわからないということだ。



「いずれにせよ、検察官の求刑ですら裁判所を拘束するものではないので、被告人の『私を死刑にしてください』という供述が、裁判所を拘束することはありません」



さきに述べたように、日本でも被告人自身が死刑を望み、実際に死刑判決を受けたケースはある。しかしそれは、被告人が望んだからそうなったというわけではなく、裁判所が証拠にもとづいて判断した結果ということなのだ。


(弁護士ドットコム トピックス)



【取材協力弁護士】
野口 敏郎(のぐち・としろう)弁護士
昭和53年に司法試験に合格し、同56年東京地検検事に任官。富山地検次席検事、東京地検副部長、名古屋地検部長、東京高検検事、札幌高検部長を歴任した後、平成21年退官して弁護士登録。
事務所名:野口敏郎法律事務所
事務所URL:http://www.noguchi-law.net