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ストーカー殺人をきっかけに進む「起訴状の匿名化」 冤罪を生む危険性に注意すべき

2013年07月10日 18:41  弁護士ドットコム

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刑事起訴をする際に検察官が裁判所に提出するのが「起訴状」だ。起訴状には被告人がいつ、どこで、誰に対して、どんな犯罪行為をしたかという「公訴事実」を示さなければならない。これまで被害者の実名も明示するのが原則だったが、6月15日の毎日新聞によれば、実名を伏せた「匿名」の起訴状が現れているという。


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2012年に逗子市で起きた殺人事件では、メールでストーカー行為を行う男性を脅迫容疑で逮捕した際に、警察官が逮捕状記載の被害女性の現在の姓や住所を読み上げたとされる。この警察の対応が、執行猶予となった犯人による殺人を容易にした――そのような批判が、事件後におきた。



これを受け最高検察庁は、再被害が考えられる事件では、「実名以外」で被害者を特定する方法を検討すべきとの方針を打ち出した。被害者名を旧姓で表記したり、メールアドレスで代用した起訴状も実際に作られているという。



ストーカーや性犯罪の被害者の安全を確保するためには良いのだろうが、何か不都合はないのか。民事事件のかたわら、刑事事件にも積極的に取り組む川口創弁護士に聞いた。



●匿名の起訴状により、冤罪が作られる危険性がある



近年の性犯罪やストーカー事件などをめぐって検察庁が作成する起訴状の傾向について、川口弁護士は次のように説明する。



「最近、検察庁は、被害者の氏名などの個人情報を伏せた起訴状を作成して、裁判所に提出するケースが出てきています。検察庁は『被害者保護のため』としていますが、被告人の防御の点から、匿名化には、危惧をおぼえざるを得ません」



そのうえで、被害者の氏名等を伏せた起訴状の危険性を、過去の弁護活動の経験をもとに、次のように指摘する。



「以前、『被害者女性と面識は一切なく、被害者女性宅に行ったこともない』と被告人が主張する否認事件を担当したことがあります。一方、事件そのものは、犯罪行為が被害者宅で行われており、被害者女性や被害者宅の特定は、犯罪を構成する要素として重要でした。



この事件では、被告人は被害者との接点がないことや、当時被告人は車を持っておらず、被害者宅周辺に行くことができなかったことなどを主張しました。もし、このようなケースで被害者の氏名や被害者宅の住所が明示されなかったならば、被告人は、『その女性との接点はあり得ない』ということや『その家に行ったことがない』というアリバイの主張を、まったくできなかった可能性があります。



それでは被告人は『自分は犯人ではない』と反論をする術がなくなり、容易に冤罪が作られかねません」



●被害者の匿名化には「被告人の防御」の観点も必要



では、被害者の氏名等の匿名化について、どのように考えるべきだろうか。



「たしかに、犯罪被害者の保護は重要です。ストーカー事件や性被害において、執拗に被害者がつきまとわれ、被害が拡大する危険性は決して軽視されるべきではありません。



しかし、安易に被害者の氏名等の匿名化が進むことについては、冤罪をつくりかねないということとの緊張関係から、注視していく必要があります。検察庁の判断で安易な匿名化が進まぬように、弁護人として、その都度、厳しく対応していきたいと考えています」



被害者の氏名等の匿名化をめぐっては、被害者保護の観点からその必要性がクローズアップされてきたが、冤罪の防止という「被告人の防御」の観点からも、議論を深めていく必要がありそうだ。


(弁護士ドットコム トピックス編集部)



【取材協力弁護士】
川口 創(かわぐち・はじめ)弁護士
1972年埼玉県生まれ。業務の中心は民事事件だが、刑事弁護では無罪判決を3件獲得し、「季刊刑事弁護」誌上で最優秀新人賞も受賞。イラク訴訟や一人一票実現訴訟などの憲法訴訟で違憲判決も獲得している。
事務所名:名古屋第一法律事務所
事務所URL:http://www.daiichi-law.gr.jp/