2013年06月21日 16:21 弁護士ドットコム
タクシー運転手の一日の走行距離を制限する中部運輸局の規制は「妥当性を欠き違法」——。名古屋地裁は5月末、このような内容の判決を下した。
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報道によると「タクシーの乗務距離制限」は2009年、国交省運輸局が運転手の過労を防止し、安全性を確保するために全国都市部で導入した。名古屋圏では中部運輸局が公示で「毎日勤務する乗務員については一日に270キロ、翌日未明まで勤務する場合は360キロまで」と上限を定めていた。
これに対し、タクシー会社の名古屋エムケイは「安全や過労防止のため既に労働時間が制限されており、あらためて規制する合理性がない」と公示の取り消し等を求めて国を提訴。判決は「名古屋圏では当時、タクシー事故や速度違反は減少傾向」だったとして、「過労運転などを招きかねない長距離走行が頻発しているような状況ではなかった」と指摘。中部運輸局の規制は妥当性を欠き、裁量権の濫用だとした。
エムケイグループは東京、大阪、札幌、福岡の地裁でも同様の裁判を行なっている。今回の判決が持つ意味と業界への影響を、湯川二朗弁護士に聞いた。
●判決のポイントは、「市場競争」と「利用者側の利益」を重視したこと
「この判決の意義は、乗務距離規制を、『輸送の安全確保』という観点からとらえ直した点にあります」
どういう意味か。湯川弁護士は、タクシー乗務距離制限の移り変わりから、話し始めた。
「タクシーの乗務距離制限が始まったのは1958年です。これは『神風タクシー問題』、すなわちタクシー運転者の乱暴運転・無謀運転への対策として始まりましたが、実質的には『需給調整』として取り扱われていました。
このときの考え方に沿って判断をすれば、裁判所としては、運輸局長の専門的・技術的裁量を尊重せざるを得ないことになります。行政の裁量による需給調整は、新規参入者に不利に働き、実際には『業界利益を優先する』ということになりがちです」
ただ、この考え方は、規制改革の流れで変化していった。
「この乗務距離制限はいったん『不要』として、2000年に廃止されました。つまりこの時点で、『需給調整』の必要性はなくなり、規制の趣旨はもともとの『輸送の安全確保』の問題に立ち戻ったのだと考えることができます。
そうであれば、規制が妥当かどうかを考えるときには、それが本当に『安全確保』につながるかどうかを、『営業の自由』にも配慮しながら、慎重に判断しなければならないと言えます。言い換えれば、業界の利益よりも、利用者の利益・新規参入業者の競争を重視するということですね」
ところが09年、この構造に再び転換が起きた。
「裁判の構図が単純でないのは、事実上『需給調整の復活』とされた、09年制定の『タクシー特措法』があるからです。この法律は『タクシー事業の適正化・活性化』の名の下、『タクシーの供給過剰改善』を目的とした法律で、今回問題とされた中部運輸局の公示もこれに基づいて出されていました。
つまり裁判の論点は、タクシー特措法の下での乗務距離制限規制を、『既存業界の利益を優先する、需給調整』か、『営業の自由と、輸送の安全確保の調整』か、どちらの視点で考えるべきなのか、だったのです」
結論としては・・・・。
「判決は結局、後者の視点から『新規参入による市場競争や、それによってもたらされる利用者側の利益を重視した』と言えるでしょう。言い換えれば、『タクシー特措法の下でも、需給調整規制の時代の法解釈は復活しない』という判断が示されたということです」
他地域で行われている裁判への影響はあるのか?
「この判決は、法律でタクシーの乗務距離規制をすること自体は必要・合理的と認めたうえで、『名古屋では必要がなかった』と判断したものです。その他の地域や270キロという距離制限の是非については判断していません。そのため、もしこの判決と同じ考え方が維持されたとしても、違法・適法についてはその土地ごとに判断がされることになります。それぞれの裁判を見守る必要があるでしょう」
名古屋地裁は中部運輸局の「乗務距離規制」を違法だと判断したが、国はこれを不服として、名古屋高裁に控訴した。はたして、高裁ではどのような判断がくだされるのか。引き続き、注目していく必要があるだろう。
(弁護士ドットコム トピックス編集部)
【取材協力弁護士】
湯川 二朗(ゆかわ・じろう)弁護士
京都出身ですが、東京の大学を出て、東京で弁護士を開業しました。その後、福井に移り、さらに京都に戻って地元で弁護士をやっています。なるべくフットワーク軽く、現地に足を運ぶようにしています。
事務所名:湯川法律事務所