2013年04月25日 12:40 弁護士ドットコム
英国のマーガレット・サッチャー元首相の葬儀が4月17日、ロンドンで行われた。報道によると、セントポール大聖堂で行われた葬儀には国内外から約2000人の要人が参列したほか、会場周辺には数万人の一般市民が詰めかけ、サッチャー元首相の棺を運ぶ葬列を見守った。
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サッチャー元首相は1979年~90年の長期にわたって在任。英国財政・経済を立て直したと評価される一方で、その強硬姿勢から「鉄の女」という異名も与えられた。公共サービスの民営化、福祉予算の縮小、労組との徹底対決など「サッチャリズム」と呼ばれる在任中の政策には、退任から20年以上が過ぎた今でも根強い批判がある。
死去を受けて、BBCラジオに『鐘を鳴らせ!悪い魔女は死んだ』という曲のリクエストが数多く寄せられたのは象徴的だった。また、英国内では葬儀に合わせてその死を祝うパーティも開かれた。中には「鉄の女」と「Rest In Peace(安らかに眠れ)」をかけて皮肉った「Rust In Peace(安らかに錆び果てろ)」というメッセージの旗を掲げる人や、サッチャー元首相に見立てた写真を焼いて抗議表明をした人もいたようだ。ネット上では元首相の肖像写真に「地獄が民営化されようとしています」などの過激なメッセージを合わせたコラージュも流れている。
日本では亡くなったばかりの人に対して、このような激しい言葉が投げかけられることはそもそも少ないが、もし、仮に日本で『悪い魔女は死んだ』と表現したら、刑法の名誉毀損罪にあたるのだろうか。郡司宏弁護士に聞いた。
●「悪い魔女」では、名誉毀損は成立しない
郡司弁護士は、こう話す。
「私は罪にならないと考えます。名誉毀損が成立しないからです。名誉毀損について定めた刑法230条1項は、『公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した場合』に、罪になるとしています」
「公然と事実を摘示」と言われても、イメージが浮かばない。具体的にはどんなケースがあるのだろうか?
「辻元清美衆院議員が産経新聞に勝訴した今年3月22日の東京地裁判決をみてみましょう。この判決では、同紙が掲載した『辻元議員は阪神大震災の際、被災地で反政府ビラをまいた』などと指摘する記事が、名誉毀損に当たると判断されました。
名誉毀損でいう『事実』とは、『それが真実か嘘かを証明できるような具体的な事実』のことです。さらに、それ自体が他人の社会的地位や価値を害するに足りる内容でなくてはなりません。この記事は同議員が災害ボランティア担当補佐官に起用された事を批判する文脈で書かれていました」
では、「悪い魔女」は・・・?
「一方で、『悪い』や『魔女』などの表現は個人的主観に基づく意見・判断・表現に過ぎません。これは事実ではありません。
しかも『魔女』という表現は、必ずしも社会的地位や価値を害するとも言えません。過去に五輪で活躍したバレー選手たちを畏敬の念を込めて『東洋の魔女』と呼んだように、優れた政治能力を発揮した元首相を『魔女』と呼ぶことは、彼女にとってある種の称号とも言えると考えます」
主観的表現なら良いのだろうか? 侮辱罪は?
「侮辱罪は事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱すれば、成り立つ可能性があります。ただ、批判の言葉の解釈は、その文脈の中で判断されなければならないと考えます。強い効果をもたらす政策は反面犠牲を伴います。それを批判する表現も自然と振幅が大きいものとなり、その許容限度は深くなるのではないでしょうか」
郡司弁護士は最後に「なお、今回のように表現者が特定の人物ではなく、批判する人たちの『世論』となっているような場合は、被疑者を特定することができず、法の適用もできないと思います」と付け加えていた。
「悪い魔女」程度ならば大丈夫と聞いて、記者としては一安心?したわけだが、強い言葉で他人を批判するときには、その言葉が自分にはね返ってくる場合も頭に入れておきたいと思う。
(弁護士ドットコム トピックス編集部)
【取材協力弁護士】
郡司 宏(ぐんじ・ひろし)弁護士
郡司・畠田法律会計事務所。弁護士登録40年、主に中小企業の会社整理・再建を中心にしてきました。そこでは経営者の孤独と悩みを共有してきました。今後は、相続・離婚に取り組みます。
hiroshi.gunji3437@gunpata.com
事務所名:郡司・畠田法律会計事務所