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飲み会帰りのタクシーで「嘔吐」 クリーニング代を支払う必要はあるか?

2013年04月08日 13:10  弁護士ドットコム

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花見やコンパ、職場の歓迎会など、お酒の出る「飲み会」に参加する機会が多い季節になった。お酒が原因の失敗も起きやすい。4月から新しい職場で働き始めた人の中には、慣れない顔ぶれでの飲み会で、緊張からついつい飲み過ぎることもある。


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そんな飲み会の帰り、泥酔したまま、同僚にタクシーに乗せられたはよいが、我慢しきれずに嘔吐してしまうなんてことも起こりうるだろう。座席やシートカバーには、黄色がかった吐瀉物が飛び散り、車内には強烈な臭いが立ち込める。そうなれば、タクシーはまともに営業を続けることは難しいはずだ。


このような場合、嘔吐した客はクリーニング代や、タクシーが使えない間の費用を弁償する必要があるのだろうか。もし支払うなければならないとしたら、いくらが妥当なのだろうか。一方で、泥酔者を乗せた運転手側に非はないのだろうか。本橋一樹弁護士に聞いた。


●タクシー車内で嘔吐したら、乗客は「契約違反」


本橋弁護士はまず、乗客とタクシー運転手との間での「契約」について説明する。


「タクシーに乗車して運転手さんに目的地を告げ、運転手さんがこれを承諾すれば、一般乗用の『旅客運送契約』が成立します」


そして、この契約が成立すると、運転手と乗客の両方には、次のような義務が発生するのだという。


「運転手さん(あるいはタクシー会社)は、道路状況に基づき最善と思われるルートを選択の上、安全に乗者客を目的地まで運送する義務を負います。


他方、乗者客は、善良なる管理者としての注意義務(善管注意義務)に基づいて、車両(自分が座る座席)に乗車するとともに、降車の際に既定の運賃を支払う義務を負うことになります」


タクシーに乗車したら、このような義務が乗客に生じるということだ。それでは、タクシーの中で乗客が嘔吐したとしたら、どうなるのだろうか。


「本件をストレートにとらえれば、乗車客に善管注意義務違反があったということになります。つまり、嘔吐の可能性があるにもかかわらず、何らかの防止措置もとらずに漫然と乗車し、タクシー車内を汚損して、運転手さん、あるいはタクシー会社に損害を与えたということです。


法的には、乗者客に旅客運送契約において、債務不履行(善管注意義務違反)があったわけです。したがって、運転手さんやタクシー会社は、これに基づく損害について、乗車客に賠償請求できることになります」


●クリーニング費用は、せいぜい「1万円から3万円程度」


このように、タクシーで嘔吐した場合には、乗客は運転手やタクシー会社から賠償を求められても致し方ないということだ。では、実際に弁償するとしたら、その費用はいくらになるのだろうか。


「業者間によって違いはあると思いますが、嘔吐物などのクリーニング費用は、後部座席(2~3座席)に限ると、せいぜい1万円から3万円程度 といってよいかと思います」


このように説明したうえで、本橋弁護士は次のように指摘する。


「もっとも、実際には、タクシー会社や個人タクシーの運転手さんは、後部座席には撥水性のあるシートカバー等を設置しており、また、泥酔客への対応策としてエチケット袋なども用意しているのが通例です。


そして、後始末も運転者ご自身でなされているのが通常と思いますので、程度問題ではありますが、クリーニングを有償で業者に依頼している実態は殆どないのではないかと思います。


また、タクシーの運転手さんから『迷惑料』を求められた場合には、礼儀として何らかのお金を包むこともあり得ると思いますが、法的義務とは言えません。タクシーの運転手がどうしても、というのならば訴訟を起こして判決を出してもらうしかないことになります」


タクシーの運転手がその場で、「迷惑料」という名目で、法外な金銭を要求してきた場合には、断っても法的には問題はないようだ。


●原則的に、タクシー運転手は乗車拒否ができない


一方、泥酔者を乗せたという意味で、運転手に非はないのだろうか。本橋弁護士によると、「タクシーの運転手さんは原則的に乗車拒否ができないことになっています(道路運送法13条)」という。


「ただし、正当な理由があれば乗車を断ることはできます。『正当な理由』の一つとして、『泥酔者または不潔な服装をした者等であって、ほかの旅客の迷惑となるもの』(自動車運送事業等運輸規則第13条)という規定があります。


酩酊して車内を汚損する可能性ある人は、この規則に該当するので、運転手さんは乗車を断ることができます。もっとも、理屈はともかく、実務上はなかなか乗車拒否は難しいのではないかと思われ、運転者さんのご苦労がうかがわれるところです」


酔っぱらいがタクシーに乗車できるというのは、実は「ありがたい」ことなのかもしれない。


(弁護士ドットコム トピックス編集部)



【取材協力弁護士】
本橋 一樹(もとはし・かずき)弁護士
1962年、東京都世田谷区生まれ。94年に弁護士登録(東京弁護士会)。東京を拠点に活動。2004年から2008年にかけて、非常勤裁判官(民事調停官)を務める。得意案件は離婚、遺産相続、消費者被害、建築紛争など。趣味は時代劇やオーディオ。
事務所名:本橋一樹法律事務所