2013年02月17日 13:30 弁護士ドットコム
パソコンの遠隔操作事件は被疑者が逮捕されたことで急展開を見せたが、被疑者自身は逮捕後の取調べに対して「まったく身に覚えがありません」と犯行を否認していると伝えられている。このような否認事件については特に、「取調べの可視化」の必要性が大きいとされている。
警察は、裁判員裁判の対象になる一部の事件について、取調べの一部を録音・録画する試みを始めているが、全面的な「取調べの可視化」には至っていない。はたして、刑事事件の取調べは全面的に可視化されるべきなのだろうか、すなわち、すべての事件について取調べの全過程が録画されるべきなのか。
弁護士ドットコムに登録している弁護士に意見を聞いた。
1.すべての刑事事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき 25票
2.否認事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき 6票
3.現行のように、一部事件について、「取調べの一部の録画」をする方式でよい 1票
4.どちらともいえない 1票
高橋 優
投票:否認事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき
まず、一部録画については、動画が与える印象の強さから、被告人に不利な一場面を切り取る等、恣意的に運用された場合に取り返しのつかない事態になるのではと危惧します。
次に、すべての事件について録画をすると、自白の任意性が争いになっていない事件についても検討の必要が生じることになり、迅速に裁判を行うことが出来なくなるのではないかと思います。
そこで、自白を強要する可能性が高い否認事件について全過程の録画をすることが、迅速な裁判と慎重な裁判のバランスが取れて良いのではないかと思います。
大和 幸四郎
投票:否認事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき
たしかに、全面的に可視化した方がよいとの意見にも一理ある。しかしながら、自白事件についてまでも全面録画すると、非常に時間・手間もかかる。また、被疑者が正直に話そうという時の心理的障壁にもなりかねない。
むしろ、限りある司法資源を有効かつ合理的に使うことに重点をおくべきと考える。よって、否認事件のみの全過程録画が適切と考える。
萩原 猛
投票:すべての刑事事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき
被疑者取調べを可視化する場合、それは、在宅事件・身柄事件を問わず、全ての事件で、弁解録取手続を含めて、被疑者から捜査機関が「供述」を採取する「取調べ」全過程の録音・録画でなければならない。可視化は否認事件だけでよいという考えは不当である。
被疑者によっては、当初自白していても途中から否認に転じることは珍しいことではない。被疑事実の一部を否認するというケースもあるし、被疑事実そのものについては認めていても、犯行に至る経緯・犯行動機等、事件によっては当該事件処理の帰趨に決定的な影響を及ぼす重要な情状事実について争いがある場合もある。こういった事件を自白事件に分類して良いかは疑問であり、またその判断を捜査機関に委ねることは相当ではないだろう。
更に、自白事件は可視化されないということになると、捜査機関による可視化潜脱の危険性をもたらすだろう。例えば、未だ「参考人」であると称して自白を強要し、自白を得て、容疑が固まったとして、以後自白事件として可視化せずに取調べを行い自白調書を作成するといった方法が行われる危険性である。
ただ、弁解録取の段階で被疑事実を全面的に認め、以降の取調べについても一貫して自白しているような場合は、弁護人の同意を得て、途中で録音・録画を中止するというような例外は考えても良いかもしれない。
角田 雄彦
投票:すべての刑事事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき
可視化することで初めて黙秘権保障が現実化します。可視化されていないブラックボックスでは、黙秘権侵害があったと後で訴えても、証拠を提示することが著しく困難ですから、結局、黙秘権侵害はなかったという判断になりがちです。これでは、黙秘権侵害をしてもとがめられないことになり、黙秘権侵害はなくなりません。
黙秘権は、否認事件か否かにかかわらず、全ての事件の被疑者・被告人に保障されている権利です。可視化の対象を否認事件か否かで分ける合理性はないと思います。
実際に、特に重大事件では、仮に犯罪事実自体には争いがない場合でも、量刑を定める上で重要な影響力を持つ周辺事実の解釈などには争いが残りますから、否認事件だけを対象とするのでは、真相解明を確保することができないのです。
居林 次雄
投票:すべての刑事事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき
冤罪防止のためには、全面的に可視化を実施すべきです。
一部の可視化では捜査官お取調べの方法が改善されない恐れがあります。すべて白昼にさらされるという認識で、取り調べることが冤罪防止に役立ちます。
本来は、アメリカのごとくすべての事件について、被疑者が請求すれば、弁護士の立ち合いを取り調べ段階から許す、というのが冤罪防止に役立つと思われます。
杉平 大充
投票:すべての刑事事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき
当然、全過程で可視化される必要がある。
実際に担当した事件でも一部録画の前にリハーサルなるものを行うなど映像のインパクトを悪い方向に使う例もある。そのリハーサルというものを行ったため、本来は覚えてないことをすらすらと供述するなど一部のみではむしろ、弊害も大きい。本当の実態を知るためには当然全過程を可視化する必要がある。
まともに刑事事件を扱ったことのある弁護士(特に内容を争う事件を多く扱っている弁護士)ならば必ず、感じているはずである。可視化や弁護人の立会という観点では日本はアジアの中でも後進国であるという実情はあまり世間には知られていない。
柴田 幸正
投票:すべての刑事事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき
取調べの際に少なからず自白の任意性を疑わせるような言葉が取調官から発せられることについては、今回のなりすましメール事件に限らず実証されており、一旦自白調書が作られてしまうとその後の公判で任意性を争うことも困難である。また、否認事件か否かの判断を、録画機器を作動させる捜査機関側が行うとすれば、それこそ恣意的な運用がなされることは想像に難くない。
田村 啓明
投票:どちらともいえない
まず、一部録画は、恣意的な運用の可能性を考えると、問題外である。
また、否認事件についてのみの録画は、自白から否認に転じることを考えると、妥当でない。
他方、すべての事件についての録画は、コスト面の問題を無視することはできない。
したがって、一定の重大事件に限って、すべての事件について全過程を録画することが妥当ではないかと思う。
今回のアンケートに回答した33人の弁護士のうち25人が、<すべての刑事事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき>と回答した。いわゆる、「取調べの全面可視化」を支持する意見が約8割を占める結果となった。
ついで多かったのが、<否認事件について、「取調べの全過程の録画」を導入すべき>という意見で、2割弱の6人が支持した。残りは、<現行のように、一部事件について、「取調べの一部の録画」をする方式でよい>という意見が1人、<どちらともいえない>が1人となった。
「取調べの全面可視化」を支持する意見が圧倒的に多かったのは、被疑者・被告人の弁護人になることが多い弁護士の立場を反映しているのかもしれない。その根拠としては、「一部の事件に限ると、どの事件を選ぶかが警察の手に委ねられることになり、恣意的な運用の恐れがある」という主旨の理由をあげる弁護士が多かった。
このパソコン遠隔操作事件は「誤認逮捕:が問題になった事件ということもあって、今後、「取調べの全面可視化」の必要性を訴える声が強まっていくものと考えられる。これをきっかけに、取調べのあり方について、国民的な議論が深まることを期待したい。